レンタルなんもしない人さんと、
人生で初めてクリームソーダを飲むまでの話

私事に関して、丁寧語を使っているとどうも書きたいように書けないのでワタク記事に関しては通常の口調に近い文体でいこうと思う。ご容赦願いたい。

レンタルなんもしない人さん(@morimotoshoji)と、人生で初めてクリームソーダを飲むまでの話。



「なんでも書いていいですよ」と言われたので、好きに書いてみる。途中で分けようかと思うくらい長くなったけどそのままいくので読みたい人だけ読んでください。

このツイートを見かけたのは2018年6月4日のことだった。
この状態から一ヶ月が過ぎ、ようやく機械類に触る抵抗感が薄れてきてメール対応だけでなくちょっとくらいは好きなものを集めたTwitterのTLを覗く余裕が出始めた頃のことだ。
たしか、いつも有名ではないがなんとなくふわっと面白そうなイベントをよくRTしている片思いフォローさんのRTだった。

ゆるっとした説明文と、この試みどう流れていくんだろうという興味でとくに深く考えずにフォローした。フォロワーは二桁後半に入ったところだった。更新してみると数字が動いた。ツイート時刻から見て、一日足らずで100人近い人が興味を持っているということになる。すごい。ちょっとわくわくした。

そうこうしているうちに最初の依頼があった旨のツイートが発信された。風船だった。
風船を持ってインスタの素材になる写真を撮る、というご依頼。このイメージが今も尾を引いていて、なんとなく頭で考えているときのレンタルなんもしない人さんはよく風船を持っている。

その後も途絶えることなく依頼は続いているようだった。列に並ぶ依頼が多いらしい。なるほど、と思った。たしかに何もしなくていいし、いてくれると助かる。
他にも、見ていてほのぼのする依頼も多かった。美味しそうなごはんを食べていたり、テーマソングができたり、見ている側としてはとってもまったりした気持ちになった。家に招かれて美味しそうなごはんをお呼ばれしてるのは正直とても羨ましかった。

「えっすごい!」となったのは「自分の代わりに芝居を観に行ってほしい」という依頼だった。そこそこお値段の張る舞台に見える。ふわっと見ていた分には、一番高額な値段が動いた依頼だ。空席を作りたくないという理由を見て納得した。平日に動きの利く自分も友達から頼まれたことがあるが、近しい仲ではチケット代はいいと言われたりやっぱりお礼しなきゃと思ったりとお互い余分かもしれない間合いの気遣いが必要だった。その点、レンタルなんもしない人さんは最適な人材かもしれない。

依頼したいな、という気持ちはもちろんあった。けれどもびっくりするほど依頼のネタを思いつかなかった。たぶん、「なんとなくお話してみたい」という依頼でもふつうに受けてくれたと思う。でも、それはなんだかもったいないという気持ちが先に立ち、TLに現れるのを眺めている日々だった。

風向きが少し変わってきたなと感じたのは、先駆者だという登場人物が現れたときだった。

これ以降、インタビューやトーク方向の依頼が目を引くようになった。“その層”の人々に突き当たったような印象だった。

その風に追い風が吹いた。
なんと大阪からの依頼がきたという。

東京-大阪間の交通費はこちらの依頼人さんが持つが、大阪駅からの交通費負担で関西でも依頼を受けるとのことだった。

いよいよ話が大きくなってきたとわくわく見守っていると、関西にいるというその日、自分にとって大きなきっかけとなるツイートが発信された。

見慣れた、懐かしい須磨の海の画像。
「神戸より西」とあるが、めちゃめちゃ神戸市内ですよ!と内心ツッこんだ。神戸駅より西、という意味なら合っている。

大阪というから、てっきり神戸あたりまでは来ないものかと思っていた。関西へ行く人はたいてい京都か大阪までで、なかなか神戸まで来てくれないのだ。JRの新快速なら中心街三宮まで大阪から22分なのに。頼むからもっと来てほしい。
しかし、レンタルなんもしない人さんはすでに神戸にいる。しかも三宮より西の、ややマニアックな名所にいる。エクセレント!素晴らしい!心のスタンディングオベーションを実施した。

少し、迷った。
神戸にいるなら、依頼のネタがあった。けれどもこの時点で、レンタルなんもしない人さんはけっこう人気者だった。予定はとうに埋まっていることだろう。
でも、たまたまこのタイミングでこのツイートを見かけたのだという気持ちが後押しをした。当時自分がTwitterにいる時間はそう多くはなく、リアタイでレンタルなんもしない人さんのツイートを目撃することは珍しかった。

依頼してみよう。
私には、地元で一人暮らしをしていたときにとてもお世話になっていた、第二の実家とも呼べるカレー屋さんがあった。おそらく人生で最も貧乏であった月収9万円代の生活をあたたかく支えていてくれたお店だ。あの空間へ、レンタルなんもしない人さんに行ってみてほしい。

フォローしているアカウントでは誰かと交流するつもりがなかったため、別のアカウントでDMを送った。送ってから、そのアカウントではフォローしていないことに気づいて慌てたが、では届かなかったらそのときはそのときだと考えた。そういうものだったんだろう。
返信はすぐ来た。ちょっとドキドキした。一方的に画面の向こうを見ていた存在と、現実世界でコンタクトしたんだという実感が凄かった。

こんな感じのやり取りをした。
直接お伝えもしているが、「まったく期待せずお過ごしを〜」が本当に、これまで見てきたレンタルなんもしない人さんの印象そのままでとても感動した。

たぶん無理だろうな、と思っていたのでお店の方にもとくに連絡などはしなかった。いや、もし行ってもらえることになったとしても何も伝えてない方がおもしろい。その空気を知りたい。でも、依頼をしてみたことですでにかなり満足していた。

明日行けるかもしれない、というDMが届いたのは次の日の夜だった。まじでか、と思った。嬉しかったが、逆になんだか緊張した。朝になって駅からの行き方を詳細にDMしたりした。「かもしれない」なのに圧が強いかと反省して謝ったりした。レンタルなんもしない人さんは丁寧にゆるく返信をくれた。

行く前に一言くれるのか、行ったあとにご報告になるのかはわからなかった。大体の時間は聞いていたので、時間が目に入ると今ごろお店にいるんだろうか、いややっぱり行けなかったんだろうかと考えた。連絡はなかった。ツイートの更新もなかった。そのまま日付が変わった。
朝、起きるとDMが届いていた。

驚いた。
できるだけゆるく、気にしてないことが伝わるよう返信を打った。依頼が遂行されなかったことについては本当に気にしていなかった。2、3やり取りをして、また機会があったらと連絡を終えた。ホームを見た。更新してみた。ツイートは増えなかった。それから数日、レンタルなんもしない人さんのツイートを見ていた。やっぱり、と思った。

レンタルなんもしない人さんは、奥さんとまだ小さいお子さんがいることを公言している。そのことで叩かれたりもしている。でもそのことを盾にしない。
子供のために依頼を断って帰った、というのは美談になり得る。でも、それをするつもりがないのだ。そういう人なのだ、あるいは、そういうスタンスを取れる人なのだと思った。

レンタルなんもしない人さんの元にはじわじわオタクな依頼が届いていた。男性が行きづらい女性ばかりの場に同行してほしいというもの。純粋に布教されているもの。そういえば大阪ではキンプリの布教をすでに受けていた。抵抗感が無さげな様子が嬉しかったのを覚えている。

一度、依頼をして、やり取りをして、けれどとくに見ている距離感の気分は変わらなかった。変わってきたのはTLだった。「引っ越しの見送りをしてほしい」という依頼、「一緒にクリームソーダを飲んでほしい」という依頼のツイートは、良い依頼だなぁと目にしてから数日かけて、レンタルなんもしない人さんをフォローしていないアカウントのTLにも数回流れてきた。

おそらくフォロワーも増えて、浮かんでくる意見の種類も増えたんだろう。レンタルなんもしない人さんはちょっとぴりぴりした時があったようだった。これまでツイートで感じたことのない棘が刺さった気分になったりした。コンテンツはクレームが来て一人前などというが、受け取って嬉しいはずがないのだ。でも、言いたくなるのがわからないでもないものもあった。ちょっと気分がしぼんだ。

「もしやってるのが女だったらこんな平和な依頼ばっかこないじゃん」というような意見は実感を伴ってわかってしまった。私自身もこのサービスを「女子専門」と銘打つことに勇気が要ったし、値段と並んで叩かれる要素になるだろうと身構えていた。(実際、いじわるのつもりだったのか純粋な疑問だったのかは微妙だったが、問い合わせ窓口を使わずに見えるところで質問されたのは性別に関する一件だけだった。)

値段は業界の中では平均値だし、その分、それ以上の価値を提供できる自負がある。女子専門にするのは思考と経験値に基づいたものだ。どちらも、読んでもらえるかはわからないがQ&Aできちんと説明した。正しい片づけ技術を欲しているヲタク女子にわかってもらえればいいんだと言い聞かせた。それでも怖かった。吹き荒れるフェミの風と平行して、女性優遇を憤然と荒げた鼻息で眼鏡を曇らせて叫ぶ拳は生きてるだけで飛んでくる。

ただ、レンタルなんもしない人さんにはこの問題の俎上に乗せられる所以はない。もしも論は総じていちゃもんの域を出ない。ご家族のことも奥さんご本人以外が推測で語るのは無意味だ。いつだったか「サーファーの旦那さんにつき合って早朝から海に行く車のCM」をサーファーの家族を持たない人々が気炎を上げて叩いたが、当のサーファーの家族を持つ人々は誰も叩いてなかった、というエピソードを思い出したりした。べしべしべし。叩くと痛い。叩かれても痛い。

レンタルなんもしない人さんはとくに反論はしなかった。受け流す柳の枝が少し折れてるようにも見えたが、やっぱり盾は作らず風にそよいでいた。

また少し別の波が動いた。今度は海外だ。カンボジアから「来てほしい」と依頼があったという。

行くのかな、と思った。もし行くなら、場合によってはフォローを外すかもしれないな、と思った。なんとなくだった。引用RTした人はレンタルなんもしない人さんを持ち上げているような空気があったし、ノマドや成功者は苦手なワードだった。単なる偏見だ。でもそこで数日過ごして、どんなふうに変わるか見届けたい気持ちより、離れる方が気持ちが穏やかな気がした。
思ったより、ちょっと前に感じた棘が痛かったのかもしれない。

ところがしばらくして、こんなツイートが発信された。

おぉ、と思った。
そうか、行かないんだ。見れば20分ほど前、ついさっきのツイートだ。焦った。今なら、前よりさらに依頼が殺到してる様子のレンタルなんもしない人さんでも、予定を押さえてもらえる可能性が高い。でも依頼を思いつかない。どうしようか。迷った。以前のDMのやり取りを見返した。もしよければまた東京で、と投げた文面に、「はい、おまちしてます!」と返信をもらってやり取りは終わっていた。

この「!」に後押しされた。
依頼、依頼。そういえば引っ越してからバタバタしてたのと夏があまりに暑くて、近所を探検してみようと思いつつできてなかった。一緒に歩き回ってもらえたら嬉しいと思った。とりあえず聞くだけ聞いてみよう。意を決してDMを打ち込んだ。

返事はすぐにきた。「こんばんは!ぜひ!」やっぱり「!」が嬉しかった。自分も「!」をつけた。日取りを決めつつ、そういえば台風25号がのしのし向かってきていることを思い出した。もともと雨の中を歩きまわらせてしまうのは申し訳ないので雨が降ったらキャンセルをお願いしようと思っていた。台風なら確実にキャンセルにしたい旨を伝えた。

さて、当日。
朝目覚めて、なぜだか妙にへこんだ気分だった。理由はわからない。夢の中で、美味しそうだと手を伸ばしたアイスまんじゅうがあまり美味しくなかったのが原因かもしれない。せっかくの今日という日に。ため息をつきそうになったが、掃き掃除をしているうちに、浪人時代を支えてくれた『アイシールド21』のキッドさんのセリフを思い出した。「下馬評良すぎてロクなことがない。期待されてないくらいでちょうどいい」。そうだそうだ。

どうやら期待しすぎているようだった。落ち着いて、直前模試のE判定の回答用紙を思い出した。D判定までは苦手分野など具体的なアドバイスが長々と書かれて戻ってくる欄に、E判定ともなると「Never Give Up!!」の一行しか書かれない。ルビは「あきらめろ」なんだろう。本番では、滑り止めをぜんぶキレイにすべって本命だけ受かった。そういうものである。

待ち合わせは駅だった。時間はゆるい方がいいかと、13〜13時半くらいにと伝えた。だいたい何分くらいになるか事前にDMがくるかと思っていたがこなかった。まごうことなきなんもしないである。私の方も早めに到着するはずが、15分を過ぎそうだった。もう到着していたら申し訳ないとDMを送ると、18分に着くと返信がきた。ちょうどいい感じである。

駅について程なくして、電車が到着する気配があった。エスカレーターから人々が流されてくる。そして、何度も画面の向こうに見た姿が景色から浮き立つように混ざっていた。ウォーリーをみつけた時のような感じだった。うわ、と思った。うわ、うわ、うわ、ホンモノだ、と思った。前にレンタルなんもしない人さんは「画面の向こうから人が現れる感じがおもしろい」と呟いていたが、まさにそれだった。

トレードマークのお洋服は本当にわかりやすい。改札を出てきたレンタルなんもしない人さんを見ていると、目が合った。どうも、と頭を下げる。気づいてくれたようだった。「はじめまして」「はじめまして」。うん、そういえばどなたか依頼人さんも言ってた気がするが、背が高い。見上げると、まだ見慣れた駅の背景に馴染んでおらず、切り抜いた解像度の高い画像を見ているようにも思えた。風船は持っていない。当たり前だが。「今日はよろしくお願いします」と言うと「はい」と返事があった。実在している。

とりあえず忘れる前に、と用意していた交通費を入れた封筒をお渡しする。お金を請求させてしまうときの微妙な空気が苦手だったので先に渡そうと思っていたのだ。レンタルなんもしない人さんは「あっすみません、ありがとうございます!」と言って受け取った。意外だった。お礼金などではなく提示されている必要経費である。もっとあっさり「あ、はい、どうも」という感じなのかと思っていた。

「そういえば」、と何気ない話題を探しながら言った。「レンタル“なんも”しない人なんですよね。“なんにも”じゃなくて」「ああ、よく間違えられます。なんにもになってたり、漢字で何もになってたり」意外とこだわる部分だったのか。「エゴサのときに困るんですよね」そうだった、レンタルなんもしない人さんはエゴサができる人だった。ちなみに私はできない。依頼者さんのツイッターアカウントを知っているときでも見ることはしない。直接向けられたもの以外に削げるエネルギーがないのだ。

完全にノープランな道行きが始まった。だいたいの方向と一応のゴールの駅は決めていたが、それ以外はなにも考えていなかった。話題もだ。適当にこれまで見てきた依頼の話を振ったりしていたらだいぶ最初の方の依頼の話になってしまい、言おうか迷っていた初期ごろからのフォロワーであることをあっさり伝えてしまった。反応がゆるくてほっとした。

フォロワー数が一気に伸びたのは、やはり引っ越しのお見送りとクリームソーダのときのようだった。だがそれ以上に大きかったのが「朝に『体操服』とDMを送ってほしい」という依頼だったという。そういえばその依頼も何度かTLに流れていた気がする。興味を惹かれる内容ではなかったのであまり気にしてはいなかったが、この依頼で2万人くらいの人がフォローしたらしい。

「なんか中高生の間でそういうbotとして広まっちゃったみたいで」急激に、DMだけの依頼が増えたという。「中高生かは断定できないんですけど、完全にプロフィールも説明も読んでないDMが次々送られてきて。もう『面倒なのでお断りします』だけ返信するようにしたら、それも含めて遊びになっちゃったみたいで『ほんとに返ってきたwwww』みたいな返信がきて」それは嫌だな。と思ったところでレンタルなんもしない人さんは言った。「いやあ面白いなって」驚いた。

この人のところに面白いことがやってくるわけだな、と思った。bot扱いされた挙句、そんな、画面のこちらに自分という人間がいることを一切慮らない返しがきたら、自分ならさすがにイラッとする。そう伝えると、「いえ、イラッとはしました」と言う。イラッとしたのか。でも、とレンタルなんもしない人さんは続けた。「喉元を過ぎてしまえば、これも面白いなって」。確かに、見ず知らずの子供たちの間で話題になったり野次馬にこられたりはそうある体験ではない。なるほど。

何もかも、とりあえず楽しんでしまえばいいということだった。後追いで似たサービスを始めた人たちがいるらしいが、あんまり楽しめてない様子だという。「もっと面白がればいいのに」。その考えは、レンタルなんもしないことを始める前からのものだろうか。それとも、続けるうちにそう思うようになったのだろうか。

近所を散歩、というか探検したいと思ったのは近くにどういうお店があるか知りたかったからだけど、意外とお店がみつからなかった。もっと路地裏探訪みたいになる予定だったが、わりとただ歩いているだけである。そういえばもう一つやりたいことがあった。「実はこれまで、クリームソーダを飲んだことがなくって」「え、そうなんですか」「はい。だから今日、よかったら飲みたいなと」「いいですね」こうして本日の目的にクリームソーダが加わった。これがのちのちに苦労を呼ぶことになる。

レンタルなんもしない人さんから話題を振ってくることはあまりないが、こちらが投げたものはいい感じで受けとめてくれる。私がお笑いを目指していたら、作ったネタを真っ先に聞いてほしいと思っただろう。なんでも気持ちよく聞いてくれるので、つい調子に乗って片づけの効能について熱く語りそうになった。「片づいた部屋に住んでると健康になるしやりたいことができるようになって痩せたり仕事のレベルが上がったりするんですよ!」などと新興宗教がごとき畳み掛けをしかけたが、職種などは明かしていなかったのであやしいだけだなと黙った。片づけはいいぞ。

嬉しかったのは、大戸屋の看板をみつけたときのことだった。意外と地元が近く、関西勢だったレンタルなんもしない人さんに、「大戸屋って関西にないですよね」と話題を振った。「そうですね」「大戸屋でいい?みたいに聞かれてもドコソコってなったり」「ありましたね」「逆に関西にあってこっちにないのってなんかありますかね」「うーん」この話題はここまで、だと思っていたら、しばらくして「さと」と声が降ってきた。「和食さとってこっち無くないですか?」考えていてくれてたらしい。なんだかとても嬉しかった。

クリームソーダのありそうなお店は数軒みつけたが、まだ早いとスルーした。道は深まり、いよいよ知らないエリアに入ってきた。ぽつぽつとした話題の合間に流し込むように、一つだけ直接聞いてみたかったことを言葉にした。「このサービスは、どこから行きついたんですか?」私はなんとなくずっと、レンタルなんもしない人さんは仙人のような人だと思っていた。いきなりぱっと現れたような、そんな。でも実際はどうやら、マーケティングとか何とか、そういう下積みがありそうだという空気があった。

「最後に行き着いたんですよ、なんもしないに」と、レンタルなんもしない人さんは言った。「コピーライターとか、そのほかにもいろいろやって、ぜんぶ中途半端で、なんもできなくて、だからなんもしないになった」いろいろ。だいたい、他人のいろいろは自分の人生ほどに重くて、上手く量れない。でも、そうして選んだ「なんもしない」から見る景色は画面のこちら側からいくつか共有してきた。いい景色だと思ってきた。きっとレンタルなんもしない人さんはまたこれから新しい景色を見るんだろう。

もうすっかり風船を持っていないレンタルなんもしない人さんに見慣れていたが、「実は」と風船のイメージが強いことを打ち明けた。「最初の依頼ですね」と笑って「この間プーさんの映画観せられたんですけど、プーさんって、なにもしないじゃないですか。風船持ってるんですよね」……たしかに!「あ、プーさん風船持ってるって思って」その映画は私も観ていた。役に立たないけれど見てると幸せな気分になれる風船は、私の中でも大事なものだった。

「でもプーさんのなにもしないは、家族との時間をもっと大事にしようっていうなにもしないだから、僕のとは違うんですよね。僕はこうして家族をないがしろにしてなんもしないをしてるんで」レンタルなんもしない人さんはそう言った。「そうですかね」と、私は言った。最初にした依頼の、あの朝のことを思い出していた。子供が熱を出して泣き止まないという理由で、出張先から飛んで帰れる父親が現代ニッポンにどれくらいいるだろう。

どちらが偉いという話ではない。どちらの責任を放棄するかという話なんだと思う。レンタルなんもしない人さんは「なんもしない」と言っている以上、社会への責任はそう重くない。だから有事の際には家族への責任で100%になれる。そういうことなんだと思ったし、それをいい旦那かどうか判断するのは奥さんで、いい父親か判断するのはお子さんだ。外野が評するものは何もない。だから「そうですかね」ともう一度繰り返した。

クリームソーダのありそうなお店はびっくりするくらいみつからなかった。旅の最初には何店舗か見かけたのに、いざ探そうと思うとみつからない。そこそこ歩いていて休みたい気持ちもあったが、妥協したくもなかった。わりとしんどい。今朝、起きたときの気分を思い出していた。これか。この状態のことか。わりとお店の多いところに出ても、もはやクリームソーダがあるかないかだけが判断基準になっていった。

「最悪、駅までいったら大きいショッピングモールがあるんで、たぶんそこで飲めると思うんですよね」そうは言ったものの、やはりそうするのは悔しかった。なんせ人生初のクリームソーダである。せっかくならじっくり雰囲気ごといただきたい。なんかいい感じの喫茶店とかで。がしかし、もはや体力も距離もわりと後がなかった。ここまでか。「駅を目指しましょう」悔しいながらもそう言った。マップを呼び出して、位置を確認する。

にも関わらず、道を間違えた。左手に見えるはずの川らしきものが正面に見える。「道を間違えました」そう伝えると、レンタルなんもしない人さんは「おっ」と言った。え、ではなく、お。ちょっと嬉しそうな顔だった。すごい。あきらかに状況を楽しんでいる。おかげさまで気が楽になった。

もう一度マップを確認して、周囲を見渡した。よく考えてみれば、大きなショッピングモールは地図を見るまでもなく見える建物だった。狙っていた道とは違ったが、あっさり近づけた。道路の向こう、裏手のような外壁には中にある飲食店の案内が掲げられている。見慣れたカフェやケーキ屋さんだ。嫌な予感がした。果たして椿屋珈琲店にクリームソーダはあるのか?

「あっ」とレンタルなんもしない人さんが声を上げた。「ここ」、道路の向こう側ばかりを見ていて、こちらの道を見てなかった。「いいんじゃないですか」そこにあったのは、理想の、まさに理想通りの喫茶店だった。声をかけられるまでまったく気づいてなかったせいで、魔法の煙の中から現れてきたような気さえした。

だが、まだだ。意外とクリームソーダがない可能性もまだ残っている。席についてその事実を突きつけられたらさすがに心が折れる。興奮を抑えながらドアを押した。カランコロンと理想通りのドアベルが鳴り、理想通りの店内に足を踏み入れた。「いらっしゃいませ」と微笑んでくれた理想通りの喫茶店のママさんに「クリームソーダはありますか」と尋ねた。まるでクリームソーダ強盗である。ママさんは笑顔を広げた。「ありますよ」「!」嗚呼。

長かった。ようやくたどり着いた。大逆転、大どんでん返しである。「よかったですね」「本当に」健闘を讃え合う選手がごとく、言葉を交わした。何事かの事情を察したのかもしれないが、「クリームソーダお二つでいい?」とだけ確認して、ママさんは厨房へ入った。よかった。聞かれたところで飲みたかったんです以外の答えはない。後ろに座っていた常連さんらしいおばあちゃんが「あたしはクリームソーダ飲みたくなってきたわぁ」と言った。最高だった。

そして運ばれてきたのは、まさに理想のクリームソーダだった。

見よ、この輝き。
数々のクリームソーダを制してきたレンタルなんもしない人さんも「これはかなり理想的ですね」と言ってくれた。お墨付きである。アイスからいくか、メロンソーダからいくか。夢中で取り組んだ。そう、飲むというより取り組むと言った方がいい飲み物だった。アイスの溶け具合とメロンソーダの減り具合をバランス良くいただくには技術を要した。

「意外とすぐ飲んでしまうものなんですね」空になったグラスを名残惜しくみつめながらそう言った。「そうですね」レンタルなんもしない人さんは頷いた。「いつも、もうちょっと飲みたいな、って思うんです。でもそこがいいのかなって」なるほど。おかわりしようかな、とちょっと思っていた気持ちはおとなしく着席した。確かに二杯目には、一度目ほどの感動はないのかもしれない。

実をいうとこのときまで、ブログに書くつもりはなかった。でもクリームソーダを飲んで、どうしても書きたくなってしまった。苦労の果てにたどり着いた人生初のクリームソーダである。世界広しといえども、ここまで一杯に行き着くエネルギーのかかったクリームソーダはなかなかないだろう。レンタルなんもしない人さんはなんとこれまでに飲んだクリームソーダフォルダを作ってるという。新たな1枚となれて光栄だった。

ブログに書いていいですかと聞けば「もちろん」と快諾してもらえた。だがそういえば、仕事のことなど何も話してなかった。書くとすればワタクの記事である。しばらく考えて、このサービスのこと、書くならここの記事内であることを伝えた。「ぜんぜん問題ないです」とあっさり言ってくれた。「じゃあ、せっかくだからレンタルなんもしない人さんのことも書きますね。『私があのツイートをみつけたのは、2018年6月のことだった』みたいな」「いいですね」そんなわけで、この記事を書くことになった。

DMの内容やら特にご家族のことなど伏せて書きますね、と確認すると「何書いてもらってもいいですよ」と言う。「僕は何をされてもいいんで」あまりの発言に、さすがに言葉を返した。「なんてこと言うんですか。もし私が屈強な男性だったらどうするんですか」「いえ、屈強な男性には言わないです」言わないらしい。お店を出ると、「ごちそうさまでした」と頭を下げられた。交通費同様、飲食代もこちら持ちなのは依頼条件通りだからやっぱり驚いた。二度目なので、礼儀を徹底している人なんだと感想を持てた。

帰りもまたけっこう歩くのでこの駅から次の依頼に向かってもらおうかと思ったが、一緒に歩いてかまわないというのでお言葉に甘えさせてもらった。片道約2時間ほどである。体力の温存が必要ないときにはけっこう歩く方だが、それでもなかなかだった。聞けば、次の依頼はボーリングだと言う。「めっちゃ体力使うやつじゃないですか」すみません、と頭を下げると「いやあ、準備運動ですよ」と返ってきた。かっこいい。私もどこかで使わせてもらおう。ちなみに夜に更新されたツイートを見ると、ボーリングはいい調子だったらしい。ほっとした。

帰りはまっすぐ着けるよう、わかりやすい道を選んだのでさくさく歩けた。天気も夕陽もいい感じだった。だんだん見慣れたエリアに戻ってきて、これからこの道を歩くときにはレンタルなんもしない人さんを思い出すんだろうなと思った。きっともう、風船は持っていないんだろう。代わりにクリームソーダが飲みたくなるのだ。

レンタルなんもしない人さんは、最後に選ぶバニラアイスみたいだった。
バニラアイスはなんとなくアイスの基本だ。「バニラアイスが好き」という人には2種類いる。これまでバニラアイスばかりを食べてきた人と、いろんなアイスを食べてきた結果、最後にやっぱりバニラアイスを選ぶ人だ。
レンタルなんもしない人さんは、そうやって最後に選んだバニラアイスを、差し出した。そして、みんなそれぞれ好きなトッピングをほどこしてバニラアイスを食べる。
生クリームを添える人もいるし、チョコソースをかける人もいる。ごはんと一緒に食べる人もいるかもしれないし、カレーに入れてまろやかにしようとする人もいるかもしれない。そのまま食べてもパフェみたいに盛りつけてもいい。そんなふうに、自分の好きな味で食べるバニラアイスが、レンタルなんもしない人さんの「なんもしない」なんだろう。

レンタルなんもしない人さんは言う。「いろんな層が混ざって重なっていって、ぜんぶ有りになってけたらと思うんですよね。オタクとか、成功者とか、その一色じゃなくって、あっちに染まったり、こっちに染まったり、全部有りで。まだまだコンテンツとして一般的じゃないなって思うんです。エゴサしてても悪口より評価されてることの方が多くて、バランスが悪い。これはまだ、面白いことに敏感な人たちまでしか届いてないということで、だからもっと伸びしろがあるというか、もっと遊んでもらえるものにできると思う」

だからまだまだ続けるという。それを聞いて安心した。別れ際、「またよろしくお願いします」と言ってもらえたのが嬉しかった。次の依頼はあるかもしれないし、ないかもしれない。クリームソーダみたいに、もう少し飲みたいくらいがちょうどいいのかもしれないし、今度はすごく面白い依頼を思いつくかもしれない。ただ願わくば、また今日も画面のこちら側から、誰かが食べるバニラアイスのお裾分けにあずかりたいと思う。

2018/10/12