オススメされて、オススメできちゃった話

前回は在りし日のオススメできなかった話でしたが、今回はついこのあいだ、プロにオススメされ自分もオススメできちゃった話です。進化しましたアピールです。

先日、とある作品を巡ってちょっとおもしろい巡り合わせが起きました。
舞台はJR大宮駅近くのそごうさん。

たまたま訪れたのですが、本屋さんが入ってると知ってちょうど欲しかった新刊を探したときのことです。

自慢じゃないですが(本当に自慢にならない)、私は本屋さんで目的の本をみつけるのが物凄い下手でして……。
友人には「なんか負けた気がするから」とのことで自力で探し出すタイプが多いのですが、自分相手に敵前逃亡するのは抵抗がないのですぐ店員さんに聞く方です。

しょっちゅう聞くため、コツも心得るようになりました。
まず探すとき、ターゲットは急ぎの仕事をしていない店員さん。とくに他のお客さんに対応中でないかよく見極めること。
可能なら目的のものがありそうな近くで探すこと。
そして、どうしてもみつからない場合はレジへ並ぶこと。間違っても聞くだけだからとレジの脇から話しかけて仕事の手を止めたりさせない(これは、買うものを自力でみつけてお金を払う準備の整ってるレジ列のお客さんの方が客として格が上な気がするのもあります)。

お店に気遣ってるようで自分のためですね。
一人で仕事するくらいの気の強さはありますが、逆にM属性がなさ過ぎて塩対応されるとめっちゃ凹むので……我々の業界でご褒美だったことなど一度もないぞ。
つまり欲しいものを買うときにちょっとでもマイナスなものを混ぜたくないがための工夫という。
これに気をつけておけば、あんまり嫌な思いはしてこなかったです。

さて今回は、ベストな感じの店員さんがいらっしゃいました。
「作業中すみません」と声をかけると、振り向いたのは眼鏡をかけた可愛らしい店員さん。
なんか理想の書店員さんって感じやな〜と思いながら「『みをつくし料理帖』の最新刊はどこでしょうか」と聞くと、一瞬表情が動きました。
「こちらです」と素早く案内されたそこには、お目当てのシリーズが棚のお誕生席に平積みで全巻並びPOPまで付けて特集された姿……!(なぜこれがみつけられなかったのかね)

お礼を言って新刊を手に取ると、「『みをつくし料理帖』、いいですよね」と店員さん。話してくれるタイプの方だったとは。
「いいですよね!」と、喰いつきました。
「最新刊も最高でしたよ、どうぞお楽しみに。うち、親子でハマってて」
「おぉ〜うちの友達も、お母さんがハマっちゃったみたいです」
「嬉しいです! 今日も何度かピッてやりました」とバーコードを読み取る仕草。
話していく内に判明したのですがなんとこの店員さん、POPを書かれた方でした。奇跡的にすごい当たりの店員さんを引き当てていたという。心の中でガッツポーズしました。
「江戸物がお好きなんですか?」と聞かれ「いえ、どちらかというと食べ物関係ですね。食いしん坊なので」と答えれば、「それなら」と店員さんの目が輝きました。
怒涛のオススメラッシュが始まりました。棚を移動して移動して、こちらの好みに合わせたプロの解説はかなり贅沢なものでした。
ばっちりオススメされて、せっかくなのでと二冊ほど買う本を増やし、笑顔でレジへ向かいました。

と、ここまではわりとよくある話なのですが、この日は御縁の神さまが何やら大盤振る舞いをなさったようで。

近所のスーパーになかった調味料を探しに地下の食品売り場へ行くと、パンの特設会場がありました。いくつかのパン屋さんがブースを並べていらっしゃいます。
何気なしに通りがかったそこに並んでいた品を見て、衝撃が走りました。

はい、件の『みをつくし料理帖』を読んだ人にこそ伝わる衝撃です。

(解説しようかと思いましたが、ネタバレになりそうなので黙します。ただ目立つ固有名詞なので一応、作中には特に歴史上の有名人物は出てこないことだけ述べておきます)
ただでさえ好きな作品の、しかもさっきまで話題にしたところにこんな。

みつけた瞬間「えっ!?」とかなり大きい声が出てました。売り子のお姉さんびっくりだよ。
「ご試食なさいますか?」
すごいプロ魂だ。
「あっ、ありがとうございます。いや、実は」
差し出された試食の品をいただきながらプロ魂に報いようと、驚いた理由を話しました。
すると、ここで意外な展開が一つ。
「そうなんですか⁉︎ 知らなかった……なんていう本ですか⁉︎」
「えっ」
めっちゃ喰いつかれた。
さらに意外な展開がもう一つ。
「ワシにも教えてくれ!」
「はい⁉︎」
なぜか隣のブースのおっちゃんも身を乗り出してきました。なぜかっていうか私の声が大きかったんですよね。すみません。
「あんまり本読まないんですけど、そんなに面白い本なんですか?」
「そうですね、薄めの文庫本一冊に一話完結のお話が四本入ってるので読みやすいと思います。シリーズとしても素晴らしく、最後はこれ以上ないほど見事な大団円です。だからといって何もかもが上手く運ぶ話ではなく、むしろ艱難辛苦が降り注ぎます。江戸の女料理人が主人公なのですが、中盤で主人公が下すある決断はなかなかないものだと思います」
お二方ともとても真剣に聞いてくれるので、ヲタク調子に乗りました。
せっかくなので援軍を。
「上の本屋さんがちょうど特集組んでたので、よければ行かれると良いかもです」
「そんな流行ってるんか?」
「流行ってるというよりはじわじわきた感じでしょうか……完結したのは四年ほど前で、このたび新刊が出ました。ドラマ化も、民放で単発とNHKで連続シリーズの二度されてます」
ペンと紙が出てきました。
「メモするから、題名なんて?」
「あ、わたしも。もう一回お願いします」
「『みをつくし料理帖』です」
お二人とも、真剣な表情でメモを取ってくれました。

というわけで、思いがけず思いがけない場所で思いがけないお相手に好きな作品をオススメすることとなりました。

この作品、実は個人的に最大の読書無限ループ作品でもあります。
作中で主人公たちは降り注ぐあらゆる試練に誠実さで対応していき、最終巻では人間としてとてもできた素晴らしい心根となっています。
そこまで読み終えて深い息をつくのですが、ちょっと性格の悪い気分で第一巻のページをめくります。
すると、ぜんぜん人間ができてないんです。当たり前ですが。
それでなんとなくほっとして、あの大団円へ苦労に磨かれていくさまをもう一度読み返したくなるわけです。
ということを、完結前の頃からだいたい5年くらい繰り返してます。ちょろっと読めるところに置いておいて、1日数ページずつ進む感じで。

悪人が卑怯な手段で出し抜く痛快ストーリーも面白いですが、その真逆をいく、自らの心根の確かさだけを信じて切々と誠実さを積み重ねていく、そんなお話です。
「正直者が馬鹿をみない世界」。そこに痛快さがあります。

何よりごはんが美味しそうで、食べるって幸せなことだったんだな、と感じ入る。
作者である髙田郁(たかだかおる)さんは作中の料理はぜんぶ自分で作って納得したものだけ出しているそうです。
巻末には作中代表のお料理のレシピも付いています。

とまあ、魅力を書き立てて。
オススメされた話とオススメできちゃった話、でした。

2018/9/29